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【新古事記017】耳鳴り

08時05分


また朝がやってきた。


仕事を終えた航は、いつもより急ぎ足で帰宅した。シャワーを浴びると、スーツにネクタイを締めすぐに家を出た。


電車に乗ると吉川さんにSNSで連絡を入れた。


「今日はよろしくお願いします。今、向かっています」


昨日、「急ですが…」とビジネス交流会に誘ってくれた相手…それが吉川さんだった。吉川さんは航が主催したある講座に飛び込みで参加してくれたことがあった。それ以来、航のことを応援してくれていた。航は呟いた。


「ありがたいな…」


自分のやっている活動の価値を認めてくれる…こんなに嬉しいことはない。


正直、夜勤続きで身体はきつかった。寝不足のためかキーンという耳鳴りが頭の中を支配していた。しかし、目の前にきたチャンスは出来るだけ掴みに行きたかった。


電車を降り、吉川さんが指定した建物に着くと、再び連絡を入れた。


「今、着きました」


そのままエレベーターに乗り、4階まで上がった。受付で名前を告げる。


「吉川さんのご紹介で参加させていただきます。氷川と申します。氷川航です」

 

女性が参加者の名簿を指でなぞり…指がピタリと止まった。


「氷川様、お待ちしておりました」


そして、「氷川」と書かれたネームプレートを渡し、丁寧に会場内へと案内してくれる。中に入ると航を見つけた吉川さんが笑顔で近づいてきた。


「夜勤明けですよね?お疲れのところ、ありがとうございます」


「いえ、こちらこそいつもありがとうございます」

 

「どうですか?お仕事は?」

 

「少しずつですけど、慣れてきましたよ」


2人は挨拶を交わし、席に着いた。


このビジネス交流会は会員制だった。それなりの資金力がないと会員になれないし、活動を続けることも出来ない。本来、会員でなければ中に入ることは出来ないが、航は吉川さんの招待枠で「ゲスト」という形で参加が許されていた。


参加者の多くが自分のビジネスを所有していた。アルバイト暮らしの航にはとてもではないが、会員費を払う体力がなかった。普通では交われない世界だった。お金があるかないか…悔しいけれどそこで世界は分断される。


会の終盤、1分間のプレゼンタイムがあった。航は誰よりも目立ってやろう、と心に決めていた。多少、見当違いでも構わない。


航の順番が来た。たった1分間しかない。細かい挨拶は割愛した。


古事記の講座をやってます、氷川といいます…」


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12時35分


プレゼン後、航のもとへ8人の男女が名刺交換に訪れた。このご縁が今後どうなるかなんてわからない。ただ、ここに足を運ばず家に帰って寝ていたら…この人たちに出会うことはなかった。航はその事実だけで、今は満足だった。